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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6343号 判決

原告

株式会社アイ・エス・エス・インターナショナル

右代表者代表取締役

金兒義久

右訴訟代理人弁護士

鈴木康洋

被告

株式会社アイ・エス・エス

右代表者代表取締役

筆谷尚弘

右訴訟代理人弁護士

萩原菊次

濱秀和

永山忠彦

伊東哲夫

竹田穣

右訴訟復代理人弁護士

金丸精孝

大塚尚宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、翻訳業務、一般通訳業務、会議通訳業務、印刷物の企画・製作又は製作業務、移動式同時通訳装置、テープレコーダー、タイプライター、プロジェクター等の機器レンタル及びその運営業務、録音テープよりの転書業務、会議速記業務、タイプ業務、国際会議及び国際見本市に必要なスタッフ派遣業務並びにこれらに関連する業務を行つてはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、国際会議、展示会、見本市等の企画、推進及び管理並びに右業務遂行に必要な技術者の教育訓練業務、通訳、翻訳制作業務等を目的とする株式会社である。

(二) 被告は同時通訳養成業務、秘書業務(東京都内のヒルトンホテル、京王プラザホテル、ホテルニューオータニ内の営業所においてホテル滞在客を対象とした秘書関連業務)、海外留学斡旋業務等を目的とする株式会社である。

2  被告の組織の再編成

(一) 被告は、昭和四九年四月末までは、国際会議部、国際事業部及び役員室から構成されていた。

国際会議部は、国際会議関連の通訳・翻訳制作業務、国際会議の設営、運営及び管理業務並びに日本語・英語の同時通訳養成業務を担当していた。

国際事業部は、国際会議関連以外の通訳、翻訳制作業務及びホテルにおける秘書関連業務を担当していた。

(二) 被告は、昭和四九年五月一日、組織の再編成を行い、国際会議部に国際事業部を吸収するとともに、国際会議部の教育課と役員室の留学指導センターを合わせて教育事業部を新設した。したがつて、国際会議部の担当業務は、通訳、翻訳制作業務一切及び国際会議関連業務並びにホテルにおける秘書関連業務となつた。

その業務の具体的内容は、翻訳業務、一般通訳業務、会議通訳業務、印刷物の企画・製作又は製作業務、移動式同時通訳装置、テープレコーダー、タイプライター、プロジェクター等の機器レンタル及びその運営業務、録音テープよりの転書業務、会議速記業務、タイプ業務、国際会議及び国際見本市に必要なスタッフ派遣業務並びにこれに関連する業務である。

3  被告の競業避止義務

(一) 被告の代表取締役筆谷尚弘(以下「筆谷」という。)は、昭和五〇年一二月二二日、国際会議部の全職員に対し、同月二七日をもつて解散する旨通告し、同部は同日解散された。

(二) 右解散当時被告の取締役兼国際会議部長であつた金兒義久(以下「金兒」という。)は、昭和五一年二日二七日、筆谷との間で大要左記の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

なお、本件契約の当事者には本来原告がなるべきところ、原告がまだ設立されていなかつたので、その設立と同時に原告が金兒から本件契約上の権利義務を当然に承継することを被告と金兒とが合意の上、一応金兒が当事者となつたものである。

一 被告は、権利譲渡に関する法的手続を完了した上、金兒に対し以下の権利を譲渡する。(本件契約第一条)

1 国際観光振興会管轄のコンベンション推進会議のメンバーの権利

2 International Congress and Convention Associationのメンバーの権利

3 Paciffic Area Travel Associ-ationのメンバーの権利

4  被告の旧国際会議部で実施してきた全業務(ただし、ヒルトン、ニューオータニ、京王プラザの各ホテルにおけるホテルカウンタービジネスは除く。)を推進する権利

5  関係全スタッフリスト

二  被告は、一による権利譲渡後、その名称のいかんを問わず、金兒又は金兒が設立する新会社の行うコンベンション関連事業と競業する業務を行わないものとする。(同第二条)

三  一の権利譲渡の対価は金二〇〇万円とし、昭和五一年二月二七日に金三〇万円、同月三一日に金七〇万円を各支払い、残金は被告と金兒とが協議して割賦により支払う。(同第七条)

(三) 本件契約第二条にいう「コンベンション関連事業」とは、第一条第四項でその推進の権利が譲渡された被告の旧国際会議部の解散当時の担当業務(ただしホテルにおけるカウンタービジネスは除く。)を意味するものであり、本件契約第二条により、被告は、金兒又は金兒が設立する新会社(即ち原告)の行う右範囲の業務と同一の業務を避止すべき義務を負つたものである。

(四) 原告は、昭和五一年四月二六日に設立され、金兒から本件契約上の権利義務を承継して本件契約第二条でいうコンベンション関連事業を行つている。

4 被告の競業避止義務違反

被告は、本件契約締結後も国際会議部を存続させ、コンベンション関連事業を引き続き行つていることを示すパンフレット及び価格表を業界に頒布し、雑誌に広告を出し、昭和五五年二月二七日には日生劇場において右業務のキャンペーンを行い、更に同年一〇月東京プリンスホテルにおいて日本青年会議所会議、同年一一月外務省において東南アジア医療情報会議をそれぞれ実施する等コンベンション関連事業を継続し、本件契約による競業避止義務に違反し続けている。

5 よつて、原告は被告に対し、本件契約に基づき、被告が請求の趣旨第一項記載の業務を行うことの差止めを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は不知、同(二)の事実は認める。ただし、被告の秘書業務の対象はホテル滞在客に限られるものではない。

2  同2の事実は否認する。

昭和五〇年一二月当時の国際会議部の担当業務は、国際会議関連業務及びこれに関連する通訳・翻訳制作業務であり、被告には他にホテル営業部があつて、通訳・翻訳制作業務及び秘書業務を担当していた。

3  同3(一)及び(二)の事実は認めるが同(三)の事実は否認する。

本件契約第二条でいうコンベンション関連事業の内容は、国際会議関連業務及びこれに関連する通訳、翻訳制作業務をいうものであり、国際会議に関連しない通訳、翻訳制作業務は含まれない。

また、本件契約第二条で規定する競業避止義務は、単なる精神的努力目標を掲げたものにすぎず、これに基づいて差止めの請求が認められるような具体的義務として負担したものではない。

仮りにこの競業避止の約定が法的拘束力を有するとしても、その内容は、被告の主張するような意味でのコンベンション関連事業について、被告は、原告と同一の顧客に対して競い合つて営業活動をするようなことはしないというものであり、一般的な競業避止義務を負つたものではない。

4  同3(四)の事実中原告が昭和五一年四月二六日に設立されたことは認めるが、その余は不知。

5  同4の事実中原告主張のパンフレット及び価格表が存在することは認めるが、その余は否認する。

右のパンフレット及び価格表は、国際会議のためのものではなく、ホテル営業のためのものである。

また、筆谷と被告の国際会議部長をしていた坂井太郎とが共同出資して、昭和五九年一一月二〇日、訴外株式会社インターコミュニケーションサービスシステムを設立した(代表取締役坂井)。これに伴い、被告は国際会議部を廃止し、同部が取り扱つていた国際会議関連業務及び国際会議に関連する通訳、翻訳制作業務の一切を右訴外会社が取り扱うこととし、以降被告においては右の業務(本件契約第二条でいうコンベンション関連事業とはこの範囲の業務である。)は、一切行つていない。

三  抗弁

1  被告の株主総会の特別決議不存在

本件契約第一条による権利の譲渡は、被告の国際会議部の営業の譲渡であり、被告の社歴・営業内容に照らして、これは、商法第二四五条第一項第一号にいう営業の重要なる一部の譲渡に該当するところ、これについては被告の株主総会の特別決議を経ていないので無効であり、よつて右の権利の譲渡が有効であることを前提とする本件契約第二条による競業禁止契約も無効である。

2  公序良俗違反

仮りに1の抗弁が理由がないとしても、本件の競業禁止契約は、被告が競業を避止すべき期間及び地域については何ら限定を加えていないものであつて、被告の営業の自由を拘束すること甚しいものであり、公の秩序文又は善良の風俗に反して無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中本件契約につき被告の株主総会の特別決議を経ていないことは認めるが、本件契約第一条による権利の譲渡が被告の営業の重要な一部の譲渡に該当することは争う。

被告の国際会議部は、昭和五〇年一二月二七日をもつて解散され、職員も全員解雇されたのであるから、本件契約当時、被告の国際会議部に係る営業は存しなかつたものである。

2  同2の事実中本件競業禁止契約には被告が競業を避止すべき期間及び地域について限定が付されていないことは認めるが、本件競業禁止契約が公序良俗に反して無効であるとの主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件契約締結の経緯等

1  請求原因1(二)、同3(一)及び(二)の事実並びに同3(四)の事実中原告が昭和五一年四月二六日に設立されたものであることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば次の事実を認定することができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  被告は、昭和四〇年一一月一〇日、語学の総合サービス業務を営むことを目的として資本金五〇万円をもつて設立された株式会社であるが、その後数次の増資を経て昭和四三年一一月に財界人の応援を得て資本金三〇〇〇万円に増資され、今日に及んでいる。

昭和五一年当時の株主の数は一四名であり、代表取締役である筆谷の持株数は発行済株式総数六万株のうちの二〇〇〇株であり、被告は中小企業でありながら所有と経営とがほぼ完全に分離している会社であつた。

筆谷は、昭和四〇年一一月に専務取締役として被告に入社し、一時常務取締役に降格されたが、昭和四八年末に代表取締役社長に就任した。

金兒は昭和四〇年一一月に被告に入社し、昭和四六年一〇月に国際会議部の部長に就任し、昭和四八年末に取締役(国際会議部長兼務)に就任した。

(二)  被告の組織は、昭和四九年四月末までは、国際会議部(部長金兒)、国際事業部(部長は筆谷が代行)及び役員室からなつていた。

国際会議部は企画運営課と教育課とからなり、国際会議関連の通訳、翻訳制作業務、国際会議の設営、運営及び管理の業務並びに日本語・英語の同時通訳の養成業務を担当していた。

国際事業部は営業第一課、同第二課、ホテル営業課からなり、国際会議に関連しない通訳、翻訳制作業務及びホテルにおける秘書関連業務を担当していた。

(三)  国際会議関連の業務は、国際会議が定期的に開催されるものではなく(定期的に開催されるにしても我が国で開催されるとは限らない。)また、準備に長期間を要するもので、経営的にみて不安定な業務であるが、教育に関連する業務は、定期に収入の入る手堅い業務であつた。

筆谷は、社長就任来被告の組織、業務の合理化を図つてきたが、昭和四九年五月一日には組織の大巾な再編成を行い、国際会議部に国際事業部を吸収合併するとともに国際会議部の教育課及び役員室の留学指導センターを併わせて教育事業部を新設した。その結果、国際会議部の担当業務は、通訳、翻訳制作業務一切及び国際関連業務並びにホテルのカウンターにおける秘書業務となつた。

(四)  被告は、その後も一部のホテルのカウンタービジネスをフランチャイズ制にする等の合理化を図つていつたが、筆谷は、昭和五〇年一二月二二日になつて、国際会議部の職員を集め、同月二七日限り国際会議部を解散する旨を通告し、同日、国際会議部は解散され、同部の職員は全員解雇となつた。

なお、金兒は、取締役としても再任されていない。

(五)  その頃、筆谷は、金兒に対し、もし金兒が解散した国際会議部の業務を採算のとれる仕事であると思つているなら新会社を設立してその業務を引き継いで行わないかと持ちかけたが、金兒はこれを断つた。

筆谷は、昭和五一年一月末、今度は解散した国際会議部の企画運営第一課長であつた長谷川彰三に対して同様の話しを持ちかけたが、同人もこれを断つた。

(六)  ところが、金兒は、昭和五一年二月に至り、被告の国際会議部で行つていた業務を新会社を設立して引き継いで行うことを決意し、筆谷にその旨を申し込み、同人の了承を得た。

筆谷は、これについては何らの対価を徴するつもりもなかつたが、金兒の方で、無償であると後に問題を残すおそれがあるとして金二〇〇万円を支払う旨を申し出、筆谷もこれを受け入れた。

(七)  その後、金兒は、筆谷との合意を書面にしておくことを思い立ち、自ら第八条からなる契約書の原案を作成して昭和五一年二月二七日、知り合いの外山興三弁護士の事務所に持参して相談したところ、同弁護士は、第一条は原案をそのまま用い、第二条から第八条までは法律的観点から文言の修正(ただし、原案の趣旨を変えてはいない。)を行い、前文を加えて契約書を作成し、同日、金兒と同弁護士は契約書を持参して筆谷を訪れ、同弁護士が逐条的に趣旨を説明し金兒においても第一条の趣旨を補足的に説明して了解を求めた。

筆谷は、契約書の第八条が「被告は、被告の関連会社である株式会社のインフォメーション・サービス・システム社をしてコンベンション関連事業に従事させないものとする。」旨の文言になつていたのに対し、自分は同社の代表取締役ではないのでそのような権限はないとして内容の変更を求めたので、金兒は、「従事させないものとする。」とあるのを「従事させないよう誠意をもつて努力する。」との文言に修正し、筆谷もこれを了承し、もつて契約書に押印した。

(八)  本件契約締結後、金兒は、筆谷から新会社の商号を被告の商号と類似している「株式会社アイ・エス・エス・インターナショナル」とすることの承諾を得、筆谷にも取締役に就任してもらつて、昭和五一年四月二六日原告を設立し、その代表取締役に就任した。

(九)  ところが筆谷は、昭和五一年夏頃、国際会議である合気道世界大会の会議の仕事を被告の方で受注してやりたいとして金兒に承諾を求めてきたが、金兒はこれを断つた。

その後も被告は国際会議部を存続させ、原告又は原告代理人外山興三弁護士からの内容証明郵便による中止の要求にも拘らず、国際会議関連業務及び通訳、翻訳制作業務を続け、本訴提起後においても、昭和五五年一〇月には日本青年会議所の会議、同年一一月には東南アジア医療情報会議の運営業務を受注する等、原告の業務と競合する状態が継続するに至つた。

(一〇)  原告と被告間の本件紛争は業界に知れわたるところとなり、被告は、国際会議関連業務の受注に支障が生じたことを理由として、昭和五九年一一月二〇日、被告と被告の元職員坂井太郎が経営する株式会社コンベックスがそれぞれ五〇パーセントずつ出資して株式会社インターコミュニケーション・サービス・システムを設立して、被告の国際会議関連の業務を同社に取り扱わせることとし、被告は、現在のところは、国際会議関連の業務を行つてはいない。

二本件競業禁止契約の趣旨

1  そこで、まず本件契約第二条において被告が競業避止を約した「コンベンション関連事業」の内容について判断するに、第二条は、第一条第四項によつて金兒(又は金兒が設立する新会社)に譲渡された被告の国際会議部で実施してきた全業務(ただしホテルにおけるカウンタービジネスを除く。)の推進の権利(その具体的内容は明確ではないが、要するに被告の国際会議部が解散当時行つていた業務を金兒又は金兒が設立する新会社が引き継いで行うものであることを表わそうとしたものと思われる。)を実効あらしめるために約定されたものと認められるのであるから、特にこれと異なる意味に解釈すべき明確な根拠があれば格別、そのような根拠がない以上、コンベンション関連事業とは、被告の国際会議部が解散当時行つていた業務(ホテルにおけるカウンタービジネスを除く。)、即ち、国際会議関連業務及び国際会議に関連しない通訳、翻訳制作業務を意味するものと解するのが相当である。

2  次に本件契約第二条の競業禁止条項の趣旨について判断するに、これは、その文言どおり、被告は、コンベンション関連事業を行わないという趣旨であつて、これと異なる趣旨に解釈することは困難であると言わざるを得ない。

けだし、前一2(七)で認定したとおり、本件契約締結に当つては、外山興三弁護士が筆谷に対して逐条的に条項の趣旨を説明しているのであるが、その際、同弁護士が第二条の競業避止義務の趣旨を文言上当然の趣旨以外の趣旨で説明した事実を認めることができる証拠はなく、また、本件契約の第八条の当初の条項が「被告は、被告の関連会社である株式会社インフォメーション・サービス・システム社をしてコンベンション関連事業に従事させないものとする。」となつていたのに対し、筆谷が自分は同社の代表取締役ではないのでそのような権限はないとして内容の変更を求めた結果、「従事させないものとする」とあるのが「従事させないよう誠意をもつて努力する」との文言に修正されたものであるが(したがつて、筆谷は本条の趣旨を充分に理解している。)、「コンベンション関連事業に従事させない」というのは、文字どおりコンベンション関連事業を行わせないという意味であつて、これと異なる意味に解することはおよそできないが、第二条と第八条とは、競業を避止すべき主体こそ異なれ、金兒又は金兒が設立する新会社が行うコンベンション関連事業の保護という観点から同一の趣旨を規定したものとみるのが自然であるからである。

被告は、第二条の競業避止義務の趣旨を、被告は、同一の顧客については金兒又は金兒が設立する新会社と競い合つて営業活動をすることはしないという趣旨であり、被告が一般的に第二条のコンベンション関連事業を行うことは差し支えない趣旨である旨主張するが、以上の点に照らし、およそ合理性がないというべきである。

三本件競業禁止契約の効力

1  被告は、本件契約第一条による権利の譲渡は被告の営業の重要な一部の譲渡であつて、これについては被告の株主総会の特別決議を経ていないので無効であり、よつて本件競業禁止契約も無効である旨主張するので考える。

2  本件契約を締結するにつき被告の株主総会の特別決議を経ていないことは当事者間に争いがない。

3  ところで、商法第二四五条第一項第一号によりその譲渡につき株主総会の特別決議を必要とする「営業の重要な一部」とは、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値ある事実関係を含む。)の重要な一部を意味すると解すべきである。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、被告の国際会議部で行つていた国際会議関連の業務及び通訳、翻訳制作業務は、機械等の工作物や不動産等を有機的に結合させ、これを活用して業務を行うというものではなく、全くの人的サービス業務であり、受注した仕事を職員が通訳等外部の専門的スタッフを活用して遂行していくものであり、営業用財産として格別に重要なものではなく、いわば人そのものが客観的意義の営業を構成していたものであることを認めることができる。ところが前一2(四)で認定したとおり、被告は、昭和五〇年一二月二七日をもつて国際会議部を廃止し、職員も全員解雇したものであるから、本件契約締結の時点では、国際会議部の営業そのものは廃止されていたものということができる。

なお、本件契約第一条には、譲渡の対象として業者団体のメンバーの権利やスタッフリストのほか「旧国際会議部の全業務推進の権利」(四項)とあり、この文言からすると、あたかも被告の国際会議部の営業がそのまま原告に引き継がれたかの如く見え、また〈証拠〉によれば、金兒の意識としてはそのようなものであつたと認められるが、この文言自体甚だ不明確であり、本件全証拠によるも、これに基づいて実際に何が原告に移転されたのかは明らかとはならず、この条項は、被告の国際会議部の営業が存在し、これが原告に譲渡されたとする根拠にはなり得ないといわざるを得ない。

以上のとおり、本件契約は被告の営業の重要な一部の譲渡に当たらないといわざるを得ず、これを前提とする被告の主張は直ちには肯認することができない。

4 しかし、翻えつて考えるに、商法二四五条一項一号が会社の営業の重要な一部を譲渡するについて株主総会の特別決議を要求しているのは、かかる行為によつて事実上当該営業を行うことができなくなるのみならず、法律上も一定の地域及び期間内において競業避止義務を負い、将来当該営業を行うことができなくなるため、会社の利益、つまりは当該営業のために出資をした株主の利益に大きな影響を及ぼすからである。

そのことからすると、会社がある営業を廃止し、それに引続いて行なわれたその営業に関する権利又は地位の譲渡が厳格な意味では商法二四五条一項一号所定の会社の営業の重要な一部の譲渡といえない場合であつても、右の譲渡にあわせて、地域的及び時間的な制限も設けず右営業について競業避止義務を負う旨を約することは、実質的には営業の重要な一部の譲渡が行われたのと何ら異なることはないのであるから、右のような場合においてこのような競業避止契約を締結するについては、商法二四五条一項一号の類推適用により、株主総会の特別決議が必要とされると解するのが相当である。

そして、〈証拠〉によれば、被告が国際会議部を解散する直前の営業年度である昭和四九年一一月一日から昭和五〇年一〇月三一日までの国際会議部の損益計算の結果は、収入が金六、八五二万七、五七八円(なお、全営業収入は、金一億一、三二五万一、三四二円である。)、経費は金七、〇八五万五二五三円であり、一般管理費を控除しなくても赤字であつたことが認められるが、一方、これにより、国際会議部の収入は、被告の全営業収入の過半を占めていたこと、したがつてまた、国際会議部の業務は、被告の業務の中核を占めていたことを認めることができる。したがつて、被告の国際会議部の営業は、被告の営業の重要な一部に該当すると認めることができ、このような営業の廃止に引続き、何ら株主総会の決議なくして(なお、取締役会の決議もされていない。)締結された右と同一の営業についての本件競業避止契約は無効であるというべきである。

四仮に、本件競業禁止契約につき商法二四五条一項一号の類推適用が認められないとしても、私人間において一方の当事者が他方の当事者に対して競業をしない旨を約することは、契約自由の原則上差し支えのないことはいうまでもないが、競業を避止すべき期間及び地域を限定しない絶対的な競業禁止契約は、義務者にそのような営業の制限を課すことについて合理性を首肯できる特段の事情のない限り、私人の営業の自由に対する過度の制限となり、公の秩序又は善良の風俗に反して無効となると解すべきである。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、筆谷が金兒に対して廃止した被告の国際会議部の業務を新会社を設立して引き継いで行うことを持ちかけたのは、国際会議部の仕事を他の会社にとられるよりは、それまで国際会議部の部長として業務にあたつてきた金兒にその意思がある限り、金兒に引き継がせたいと考えたものであることを認めることができ、また、職を失つた金兒の生活に対する配慮があつたことが窺われる。

また、本件契約第七条では、金兒は被告に対し、第一条による権利譲渡の対価として金二〇〇万円を支払う旨を約している。なお、原告本人尋問の結果によれば、この金二〇〇万円のうち金三〇万円は本件契約締結の日である昭和五一年二月二七日に支払い、同年三月三一日までに支払うべき内金七〇万円については金兒が被告から支払いを受けるべき立替費用債権等をもつて相殺することにより支払つたが、残金一〇〇万円については、未だ支払われていないことを認めることができる。

しかし、この金二〇〇万円は、前一2(六)で認定したとおり、無償では後で問題が起きるかも知れないとして金兒の方から支払いを申し出たものであり、この金額も譲り受ける権利の客観的な評価に基づき決定されたものではない。

また、前記認定のとおり、被告が国際会議部を解散する直前の営業年度である昭和四九年一一月一日から昭和五〇年一〇月三〇日までの国際会議部の損益計算の結果は、赤字とはなつていても国際会議部の収入は、被告の営業収入の過半を占めていたこと、したがつて、国際会議部の業務は、被告の業務の中核を占めていたことを認めることができるのである。

以上の事実に照らすと、金兒が被告に支払いを約定した金二〇〇万円は、実質的には対価というを得ず、いわば一種の証拠金のようなものであり、被告が地域的な限定なくして未来永劫、国際会議関連業務及び国際会議に関連しない通訳、翻訳制作業務を避止すべき義務を負うことによる損失に対する補償として充分なものであることは到底考えられない。

また、前述のとおり、本件契約第一条による権利の譲渡そのものは、直ちに被告の営業の重要な一部の譲渡であるということはできないが、本件契約第二条による競業禁止契約とあいまつてみると、実質的な効果としては営業の重要な一部の譲渡がされたのと異ならないものであり、このような契約が何ら株主総会に諮ることなく代表取締役である筆谷の一存で締結されたものであるが、このような契約がそのまま会社を拘束するとすれば、被告の株主の受ける不利益は甚大であるというべきである。

以上のことからすると、単に金兒が対価として金二〇〇万円の支払いを約したことをもつて前述の被告にこのような営業の制限を課すことについて合理性を首肯できる特段の事情とはなし難く、その他、この特段の事情を認めるに足る証拠はない。

したがつて、本件競業禁止契約は公の秩序又は善良の風俗に反して無効であるといわざるを得ない。

五結論

以上のとおり、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官佐藤修市 裁判官定塚誠)

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